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2004/03/26 僕らが信ずべきもの
障害者の国民年金に関する地裁の判決が出た。
知っての通り、勤めていない限り、国民年金には20歳から強制加入。でも、平成3年までは、学生の間は任意加入だった。任意加入していれば問題ないけど、していない人が障害者になっても、障害基礎年金はもらえなかった。
一方、20歳前に障害者になった場合は、「20歳前の傷病に基づく障害基礎年金」という制度で救済されて、ちゃんと障害基礎年金がもらえる。所得が多かったり海外に移住したりしたら支給停止になっちゃうなどの不利益はあるけど、そうじゃなければ、通常の障害基礎年金と同額が生涯支給されるんだ。
障害者になったのが20歳まえと20歳後で、天と地ほどの差があるというわけ。
それでも、政府がその点をちゃんとPRしてて、「みんなが知っていた」のなら特に問題もないと思うのだけど、全然そうじゃなかった。だって、他ならぬしんちゃんだって、学生だったのは平成3年より前だけど、そんなこと知らなかったもん。「単にお前が無知だっただけなのでは?」との声も聞こえてきそうだけど、しんちゃんの当時の友だちや周囲の人でも、知ってる人は誰もいなかったよ。
だから、今回の判決は妥当だと思う。
でもさ、一方で、「悪法もまた法なり」っていう考え方もあるじゃない。学生の任意加入が悪法であったことは間違いないけど、でも、法だったこともまた紛れもない事実。法律に基づいた措置を裁判所が「異憲」と判断したということは、これまたとんでもないことだと思うんだ。
法律すらくつがえされてしまう時代。いったい僕らは、何を信じて行動したら良いわけ?
週刊文春の出版差し止め問題もそう。憲法で言論の自由が保障されてるのに、裁判所の判断だけで出版差し止めなんてことが許されていいんだろうか。いや、個人のプライバシーの保護もまた憲法に基づく大事な問題だから、一律に良い悪いとか論じるべきではないことはわかってるんだけどね。それでもなんか釈然としないものを感じるんだ。
保険会社の生命保険に加入した人が、1年4カ月後に自殺した件について、保険金の支払を命ずる判決も出た。自殺目的の加入を防ぐために、保険会社では約款で「加入から1年経過後でなければ、自殺による死亡には保険金を払わない」って決めてるんだよね。最初は自殺目的で加入したとしても、1年も経てば気持ちも変るだろう、ってわけ。
でも、今回の事件は、1年4カ月経っても気持ちが変らなかったってことだよね。死ぬって大変なことだと思う。死のう!っていう気もちを1年4カ月も持ち続けた意思の強さに驚くべきなのかな?
たぶん、そういうことじゃないよね。
最初は自殺目的で加入したとしても、保険会社が考えるように、しばらくしてきっと死ぬ気はなくなったのかもしれない。でも、1年以上経ってからまた死にたくなった、ってのが真相なんじゃないかな。
結局、長引く不況のせいなんだろうと思う。「生きてても仕方がない」って考える人がどんどん増えてるってことなんだと思うんだ。
こんな時代、僕らは何を信じて生きていけばいいの? 偉い政治家さん達、答えをちょうだいよ。
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