2003/09/10

竜馬と武蔵

 竜馬と武蔵どっちが好き?しんちゃんは絶対武蔵です。今NHKの大河ドラマでやってるからじゃないよ。前から武蔵が大好きで、吉川英治の「宮本武蔵」は10回以上読んだ。
 別に竜馬が嫌いっていうんじゃないんだ。司馬遼太郎の「竜馬がゆく」だって5回くらい読んだしね。ただ、なんて言うのかなぁ、しんちゃんは竜馬にはなれないなって思うのよね(じゃあ、武蔵になれるかはまた別問題。それはまた後で話すよ)。自分が目標にできない人のことは、やっぱり心から好きになれないってことかなぁ。
 竜馬って、すっごく大きな人だったんでしょ?格好はいつも汚いし訥弁だけど、彼が何か言えばとても重みがあって、誰しもが納得しちゃう。みんな、「彼のためなら命も惜しくない」ってふうになっちゃうんだよね。つまり竜馬は、「みんなに愛されて、結果みんなをまとめて、大勢の力で大きなことを成し遂げる人」ってことになるのかな。歴史学者の先生方ごめんなさい。あくまでもしんちゃんの勝手な解釈ですからね。大目に見てやってくださいな(そもそも歴史学者の偉い先生は、しんちゃんのDiaryなんか読んでないか)。
 竜馬の「人に愛される能力」って天性だよね。凡人がいくら努力したって、絶対に一生手に入れることはできない。言うまでもなくしんちゃんは凡人です。少なくとも竜馬みたいなみんなに愛される才能は持ち合わせてない。どんなにがんばっても一生竜馬にはなれないって思うと、どうしても竜馬を好きになれないのさ。まあ、一種のねたみですかね。
 武蔵は全然タイプが違う。常に孤高の道を歩み、権勢におもねることもなく、剣の道を究めることのみに一生を捧げた。自分一人の力で究極まで行っちゃった人なんだよね。
 武蔵は努力の人だと思う。むろん剣の道を究めるためには天性も必要だけど、99%は努力だよね。1%の才能にしたって、「人に愛される」という抽象的な才能と比べると、とっても具体的だ。「料理がうまい」とか「文章を書くのがうまい」とか「フラフープがうまい」とかと同じ次元のさ。具体的な才能ならば、人間みんななんかかんか一つくらい持ってるものだよ。なんだっていい、なにか一つ自分の才能を見つけ出して、後は99%の努力をすれば、誰でも、そう、しんちゃんでも、武蔵になれるんじゃないかって思えるんだ。
 それは幻想なのかもしれない。みんなが1%の才能を持ってることは事実だとしても、加えて99%の努力ができたことがまた、武蔵の才能なのかもしれない。しんちゃんがなんらかの道でいくら努力したって、結局武蔵にはなれないかもしれない。でも少なくとも武蔵は、「ひょっとしたら」って夢をしんちゃんに与えてくれたんだ。だからしんちゃんは武蔵が大好き。あこがれの人であるのと同時に、目標でもあるからね。
 「武蔵は本当に強かったのか」なんて議論する人がいるけど、しんちゃんはそんな議論は無意味だと思う。大切なことはそんなことじゃなくて、武蔵が(もしかしたら吉川英治が)多くの人に生きる意味と希望を与えてくれた、それが武蔵の価値なんじゃないかと思うんだ。
 NHKの大河ドラマは、とってもよくできてるよ。武蔵やってる俳優(ごめんなさい、お名前知りませぬ)も眼光鋭くて良いし、小次郎や又八なんかもいい味出してる。さすがNHKだよね。来週から再来週にかけていよいよ巌流島だ。これまで見てなかった人もぜひ見てみてね。そして、しんちゃんの言いたいいことを少しでもわかってくれたら嬉しいです。